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春も目前というヨコハマの宵を騒がす通り魔事件が勃発したのが前夜の話。
擦れ違いざまどころじゃあない、どう襲われたのかも判らぬまま、
姿の見えぬかまいたちにでも遊ばれたかのように唐突に、
腕やら肩やら、背中や脾腹、どこと問わない範囲へ浅くはない怪我を負わされていて。
何とか逃げ伸びたり偶然通りかかった通行人の助けを得、
通報がかなっての結果、何台もの救急車を奔走させる事態と相成った未明であり。
被害者はほぼ男性ばかりで、
金品を奪われてもいなければ、捨て台詞の様な恨み言を聞いてもない。
政治家や著名人、はたまた裏社会の人間はおらず、
皆して一般人だという点しか共通項は無し。
会社員に大学生に、
所謂フリーランスのシステムエンジニアさんや、
自営業の方などと多岐にわたっているがため犯人像が絞れぬまま。
これは通りすがりを片っ端から狙った無差別な犯行ではなかろうかと
まずはの捜査方針が定まりかかっていたらしかったが、
そんな荒事への調査中、
虎の姫こと敦ちゃんが未明の警邏中に気になる人物と遭遇したと
教育係の太宰にこそりと告げた。
「間が良いんだか悪いんだか、あんな騒ぎへの警戒のさなかだったじゃないですか。」
裏社会に君臨するポートマフィアの
首領直属の遊撃隊を束ねるという、割と上級の構成員。
異能により何でも食らう黒獣を操る殺戮の禍狗、芥川龍之介という漆黒の少女が、
見回りがてらに現場を検証していた敦とすれ違った折、
共通の先達でもある太宰さんを差して息災かと訊いて来たという。
やはりポートマフィアの幹部格、
中原中也という知己の姉様から その彼女を見てはないかと打診されていたこともあり、
昨夜の辻斬り騒ぎと関係があるのか気になっていたらしい白虎の少女へ、
「う〜ん、そうだね。
敦くんに隠しごととするのは筋違いというか水臭いかもしれないし。」
「…はい?」
何事か掴んでいることがあるのだよと言わんばかりに、
ぼやかした言いようながら何やら匂わせるような物言いを始めた太宰さんであり。
窓の桟にぐでりとお顔をへばりつけたままながら、
いかにも思い出し笑いというよなフフフという薄い吹き出しようをして、
「ポンコツなところが可愛くはあるけれど。
勘違いしたままなのは正さないといけないしねぇ。」
「太宰さん?」
勘違い?
ああ、可愛いと思わないかい? 当人は私が受けた恥辱への敵討ちだと思ってる。
え? それって?
国木田女史にダラダラしているんじゃあないとどやされたというに、
そんな態度はカモフラージュで実はすでに何かしら掴んででもいたものか。
そして、そんな物言いをされて、
そこはさすがに…内緒のお付き合いというか
彼女らなりの機微を挟んでという微妙な間柄にある人のことゆえ、
まだまだ少々察しが悪いところがなくもない虎の子ちゃんにも ピンと来たものがあったようだが、
「…それって不味くないですか?」
「何が?」
「だって…。」
ボクらは今 “通り魔事件”の捜査にかかわってるわけで、
その犯人が あのその…のすけちゃんだとしたら、彼女は身柄確保対象なんじゃあないでしょかと。
そうと言いたかったらしいのを皆まで言わせず、
「案じなくていいよぉ、敦くん。」
「でも…。」
まだ正式な捜査支援要請が掛かってる案件でなし。
いやいや、もう手を付けてるんだからこのままって運びじゃあ…。
「それに、あの子の仕業だとして、証拠はまだないのだよね。」
「はい?」
え? 今 何か理屈が妙な捻じれようしませんでしたか?
太宰さん確証あるよな言い方してたのに、なのに のすけちゃんの仕業だって証拠はないって?
「え?え?え?」
あれれぇ?と小首を傾げる白の少女なのへ、
このまま延々と内緒話を続けていては いくら何でも怪しまれようと思うたか、
「込み入った話は、そうさね、訊き込みしながらお外でしようvv」
「えっ? えっ?」
話について来れてないままの敦ちゃんにそれは嫋やかに笑って見せつつ、
外套の裾をひるがえし、
事務所から急ぎ足で出てゆこうとするのであった。
◇◇
「悪質な婦女暴行から、電車での痴漢から下着泥棒、
ストーカーぽい付きまといまで一緒くたっていうのがさ、
輩どもには “一緒にしないで”なんて言いたくなるよな大雑把な把握かも知れないけれど。
痴漢だって盗撮だって、
みんなみんな女には心胆抉られるほど不快な犯罪には違いないんだから
この際思い知れってね。」
そう。
昨夜頻発した謎の連続通り魔事件では、襲われた顔ぶれに共通項がないとされていたれども、
与謝野先生がご自身の伝手や何やから掴んできた “被害者たちに共通する身上”というのが、
実はたいそう胸糞の悪くなる代物で。
『俗にいう“女の敵”らだってことが
今回の通り魔に襲われた対象への共通項であると判ってね。』
それだから大目に見ろというのではないが、用意周到という級ではない者もいる。
中にはどうやって知ったのだろうというような、
出来心からの下着泥棒やら、スマホによる恐る恐るの盗撮も含まれていて。
こ奴らの場合は場合で、
当人たちは悪ふざけの延長であるらしいちょっかい掛けレベルの手出しだったものが、
酔いや数に任せてという悪い条件が付くことにより、
女性にしてみれば手酷い級の性的暴行に至ってしまった…という代物。
コトの大小という差こそあれ、とんでもない犯歴を個々に持っていたというところが
通り魔被害に遭った顔ぶれに共通する点だったらしく。
与謝野せんせえの持ち込んだ情報へ、
『なんですか、そりゃあ。』
『ある意味、自業自得だったってことですか?』
谷崎や敦といった、現場に出て実態を調査していた面々が憤然とするのも当然だろうし、
国木田や賢治も眉をしかめている。
乱歩女史に至っては頬杖突いたまま咥えていた棒付きの飴をガリガリと噛み砕いており、
普段はそういう乱暴な堪能はしない人なので
少なからずむっかりしている証左でもあろう。
『被害者全員が同じ級の悪党だったってわけではないし、
個々の事件や案件はあちこち所轄が散っていて、
生活安全課とかでもない限り ピンとこなかったって順番だと思うけど、
もっと深めの検索掛ければ 遅かれ早かれ警察にも辿り着ける話でね。』
そういう手の前科があることが体面や世間体を思うとよろしくないと考えた親御が奔走して
金を積むなり最低にも尚の圧力を掛けるなり、
そっちも力技で示談に持ってって握りつぶした被害が山のようにあるよなクズどもだったらしい、と。
医師関係の知己らからそれとなく話は聞いていたらしい与謝野せんせえが、
被害者の側もまた唾棄すべき輩たちだと、昨日の今日できっちり情報収集して来たらしく。
そういったお話を聞いたその前に、太宰はそれを自身のネットワークで拾っていたようで。
しかも、
“本当だ。よく似てるよな、この人。”
震えながらも矢面に立っていただいた女性を懐のうちに見下ろして、
敦ちゃんもつくづくと感心するばかり。
同じくらい深い感心は上司である太宰にも向いており、
昨日の今日のお昼のうちにも、あっさりとコトの発端である彼女の出先で待ち伏せて、
こんにちはと話しかけて今宵につながろう行動を起こしており。
何があったかは判ってる、
悪いようにはしないし何なら仇討ちをしてやろう
というか、
『貴女こそ、私の姿を借りて何をやらかそうとしていたのかしら。』
『……っ。』
似ても似つかぬタイプだった そもそもの姿の時点で
あっさりと素性から何から割り出してた、そっちの手腕も恐るべきお姉さまに助力を請われ、
逆らうなんて出来ましょうかという威圧に負かされた問題のお嬢さんに、
結構きつい目の言いようで強引に参加を要請したのも、
勝手なことをしてと 不快になるなり自業自得と言いたくなるのもこの際は置いとくとして、
もしやせずとも とっとと方を付けたかったからなのだろう。
そう、早く収拾させればそれだけ騒ぎごと第三者の耳目にも触れぬまま揉み消しやすい。
丁度 誰かさんたちが刑法に引っ掛かりそうな悪事を働いといて、
微妙に申告制なのをいいことに示談という力技を使ったのと同んなじで、
前提となる性的軽犯罪の方での被害女性らの心情も加味したうえでとし、
いっそ“なかったこと”に近い扱いだって出来るかも知れぬと持ち掛けたのであり。
そっちはそれで話も通ったとはいえ、敦ちゃんとしてはもう一点ほど腑に落ちないところがあって。
『でも、あの のすけちゃんが
ただの真似っこそっくりさんと本物の太宰さんを間違えますかね。』
例え整形したという対象でも、雰囲気が違おうし声だって同じってわけにはいくまいに。
何処で遭遇して怒り心頭、突っ走っているのかは知らないけれど、
あの黒姫がこの才女様へどれほど心酔しているかもようよう知っているだけに、
そんな単純に勘違いしますかねと、
まだまだ幼い風貌のお顔、かっくりこと傾けて訊いたのへ、
『そうだね。
だが、じゃあそれが “ただの真似っこそっくりさん”な太宰さんじゃなかったら?』
『はい?』
極端な話としてこの顔に惚れこんで整形なんて真似までしたところで、
表情や雰囲気というものが違えばそうそうそっくりとはならない。
せいぜいお高く留まった愛想のない美人か、逆に陰気な重たい女にしかなれないかもしれぬ。
余程のこと長きにわたって傍らに居続けて観察しまくった上の、
演技上手であれば少々話も違って来ようが、
それでも…少なくとも気の置けないようなお付き合いがある間柄なら、
接した時点であっさり違和感を拾って別人だと気づくもの。
宵の場末の路地裏にて、オトリにまんまと引っ掛かった輩と同様、
彼女もまた そ奴らへの制裁という手を出す格好で釣り上げられた黒夜叉嬢へ、
太宰女史はやや冷ややかな口調でぴしゃりと言い放つ。
今の今も、服装まで故意に似たようなのを着てもらった、
血縁ではないのかというほどそっくりなお姉さんを顎をしゃくるように示したご本人様、
やっとのこと捕まえたというか 燻り出せたマフィアのお弟子に説教するよに言い放ったのが、
「そのお人はね、他人になり切れる異能を持ってる。
コピー能力ってところかな?」
顔だけじゃあない体型や声や、
何なら知ってる範囲での表情の癖や反応や何やも
ごくごく自然な対応としてにじみ出るほど複写できちゃうらしいのだけど、
「それでも それだけなら取り違えたりはしないよね、キミの場合。」
「…是。」
声を掛けられ出てきた折は、意気盛んだった余波でか凛々しくも背条を伸ばしていたものが、
滔々と説かれるうちに自分でも大きく勘違いをしていたことに気付いたものか。
唯々諾々言われるままになっている黒姫さんで。
というのも、
「そこの下衆どもに合コンか何かの流れから押さえ込まれでもしたんでしょうね。
何とか逃げおおせたところを、たまたま通りかかったかキミの知るところとなった。
随分と悲惨な姿にカッと来て、傍まで駆け寄りかけたけど、
もしも誰ぞが観ていたら。
もしかして探偵社の捜査の一環での流れやもしれないし、
しかもそんな流れとなった当事者であろう犯人に見られたら、
懲らしめるとか糾弾するとか以前に逆手を取られて弱みを掴まれないかと
マフィアの人間とのかかわりを咎められないかと思った。」
「……。」
なので近くまで寄れず、何とか保護されたのまで見届けて安堵すると、
こんな事態になって居た原因を草の根分けてもという執念で調べ尽くしたようで。
そこは裏社会の雄たるポートマフィアのネットワークを使えば容易に探れたか、
結構 乱暴な締め上げ込みの訊き込みを重ね、
短期間で怪しからん所業をこの界隈でやらかした顔ぶれをざっと炙り出し、
どれと特定しないまま、片っ端からお仕置きしてったということならしく。
“そういうところはあの脳筋女に影響されたかな?”
どうせ威張れた所業をしていた連中でなし、
真相究明されて困るのはどっちだかなんて高をくくりそうなところが
某重力使いのお姉さんにそっくりだと。
内心にてやれやれと呆れつつ、
すらすらと鮮やかに説いた姉様の慧眼に言葉もないらしいお嬢さんへ、
はぁあと今度は判りやすくもわざとらしく大きなため息をついた蓬髪のお師匠さま。
「あのね。ウチは色事がらみの仕事はしない。
そうした方が手っ取り早いと思うよなケースだったら
それなりに腕の立つ知り合いもいるから
そんな方々へ手を貸してと話を付けるまでだし。」
確かに、異能力という非公認の、だが常識外れもはなはだしいもの相手に
超法規的、所謂 非合法かもしれないような力技で身柄確保にあたるような場合は多々ある探偵社だが、
性的な条件として女であることを利用するよな真似は、進んではやらかさない。
保身とかどうとかいうのではなく、効率を考えたら素人が必死に当たっても効率的によろしくないからで。
そこに乱暴狼藉も加わりそうとかどうとかいう危険条件まで出て来るようならならで、
腕に自信の顔ぶれが身を呈さないでもないけれど、
「こんなチンピラレベルの相手じゃあね。
こたびの如く、ご本人への護衛に私らがついてた方が
オトリとしてもその身を守ってやるにしても、効率もいいと今の今判っただろう?」
素人さんをオトリに使うなんてのはちょっと危険で正当じゃあないから、
多分 国木田くん辺りは大反対するだろうけれどというのはわざわざ口にはしなかった。
芥川がそこまで機転が回らぬ愚鈍だとは思わぬが、
どうせいいように言い負かされるだろう しょむない揚げ足取りなんて、
それも太宰という師匠相手にやらかすとは到底思えなかったから。
姉様のそんな腹積もりをあっさりと肯定するように、
「……はい。」
何の反駁もないまま やや目線を下げて頷首した芥川嬢であり。
そして、本題の下賤な男衆らがいる同じ場所で、
何を暢気にお説教大会なんぞと思われた方々には 今更ですがの状況を付け足せば。
「な、何なんだよ、手前らはっ。」
「やるってのか、おいっ。」
「女だと思って下手に出てりゃあよっ。」
すっかりと視野外扱いにされたが、
ちょいと悪さをしかかったところへ堂々と乱入されるわ、
通り魔がなんぼのもんじゃと言ってたのはどの口だか
不意打ちで仲間が切りつけられて浮足立つわ、
上げるつもりだった気勢の向けどころが定まらず、あたふたしかかって無様だわ、
はっきり言って立つ瀬がない扱いになってたゴロツキどもだったれど。
「ああ。君ら、居たのだね?」
それはもうもう塵芥でももっと意識しよう冷めた言いようで、
居たってこと気付かなかったよ、アウトオブ眼中だった隙に逃げちゃえばよかったのにと
暗に言わんばかりのやはり冷め切った視線を寄越されるわ、
「あぁあっ?!」
「何だとこのアマっ!」
馬鹿にするのも大概にしやがれと、
先陣切り損ねて呻いている仲間をしり目に熱り立ったものの、
「手を焼かすな。」
「っえ? おわ…っ、何だ手前ら!」
「痛ててててっっ。」
そっちもいつの間に駆け付けたものなやら、
いかにもその筋という雰囲気をまとった黒服の構成員の皆様が
問題の半グレの一団を片っ端から捕縛中。
畳みかけるような更なる不意打ちへ、何なんだよと暴れかかった面々も、
相手の凍るような無表情と、場慣れした手際や徹底した統率ぶりに何やら察しがいったのか、
「か、勘弁してください。」
「お身内に失礼したらしかったの謝りますから…っ。」
途中からは泣き落としにかかっていたが、それこそ聞いてもらえるはずもなく。
ガタイのいい男衆らに大型の移送車までを引き取られてゆき、
その後の行先は遠洋漁業の船上か、いっそのこと口封じの拷問か。
さすがに虎の子ちゃんが “いいのかなぁ…”と青くなりかかった問答無用な処断とやらを
容赦なく下されていたのでありました。
to be continued.(20.02.28.〜)
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*相変わらずの理屈まるけですいません。
一気に書いてないので
ついつい「あれ、この言い回し書いたかな?」とかなっちゃって
継ぎ足し継ぎ足しになっちゃって。

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